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BACKアクエリアス・アルゴリズム第1話【一部無料公開】
2020.02.07
第1話アクエリアス──氷球(ひょうきゅう)
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宇宙の闇は冴え冴えと、絶対零度からわずかに三度だけ高い、およそマイナス二七〇度。
しかし宇宙には光も満ちている。
自然の様々な相互作用によって、天体はありとあらゆる色の輝きを放つ。
すべてを飲み込むブラックホールでさえ、飲み込みそこねた光をフォトンスフィアとして自らに纏いながら、光の速度ぎりぎりまで加速されたジェットを噴出している。
そうした激しい現象のそばで、無数の生命は息づいているのだ。絶対死の真空のなかで、ささやかに生まれる無数の生命──それが、古代進が体感し続けた宇宙のありようだった。しかし今、古代の目に映っている宇宙には死だけが満ちていた。
──間違っている!
地球から三万光年、闇の中に置き去りにされたように浮かぶ小さな惑星〈ベルライナ〉。その地表で無数の爆発光が煌めいている。
古代の指揮する地球の艦隊は、ベルライナ衛星軌道に停泊し、眼下の光景を見下ろしたままま、微動だにしない。
いや、動けないのだ。
地表の惨状を知らせる報告が次々と聞こえ、古代の心に、体に突き刺さっていく。薄暗い艦橋には、艦隊司令席に座る古代以外に人影は見当たらない。爆発の光が時折古代の顔を照らす。
──またここか。
古代が胸の奥の傷みを自覚した直後、冷たく重い声が艦橋に響いた。「ガルマン・ガミラスとボラー連邦の休戦協定に抵触することは絶対に許されない」「地球は、定められた役目を全うすれば良いのだ」「古代司令、動くな。動いてはならん!」
自分を縛りつける重圧と、眼下の惑星で炎に呑まれていく人々の叫びが、古代の中でぶつかり合い、出口を求めて逆巻いた。「違う!このままでいいわけがない!」
そう叫んだ次の瞬間、古代の体は戦闘機コスモゼロの狭苦しいコックピットの中にあった。──ああ、俺はまた同じことをしている。あの日と同じように、手遅れになった場所へ向かおうとしている。
結末はわかっている。もう何度も同じ道を辿った。何も変えられないのに。
だが、それでも古代はあの場所へ向かうことをやめられない。紅蓮の炎と黒煙が渦を巻くベルライナの砂漠地帯に、コスモゼロは強行着陸した。
コックピットから降り立った古代の眼前に広がっていたのは、虐殺されたまま砂漠に捨てられた無数の死体だった。冷たくなった子供のまえで古代は膝をつき、砂の大地に何度もこぶしを叩きつけた。
「なぜもっと早く……俺は……」
自分の決断の遅れを痛烈に悔いる古代に、背後から声がかかった。
「お前は間違っていない。指揮官が任務を放棄して他国の戦闘に介入するのはおかしいだろう?」
古代の背後に立ち、そう語りかけるのは古代進──もう一人の自分だ。死体となった子どもを抱きしめたまま、古代はもう一人の自分に問いかける。
「俺たちの任務は、ガルマン・ガミラスの〈マゼランエクソダス〉に乗り遅れ、銀河系に取り残された人々を護ること……そのために派遣されているはずだ」
「そうだ。しかし物事には秩序と優先順位がある。お前もそれはわかっている」
「目の前で起きている悲劇を見過ごして、地球の安全を買うというのか……」
「思いあがるな。おまえひとりで地球を背負っているつもりか?」
お前ひとりで。たったひとりで──ここで夢は終わる。あらゆる夢と同じく、結末は曖昧なままだ。
寝室には夜明けの光が差し込んでいる。「あなた、大丈夫?」妻の雪が半身を起こして問いかけてきた。
「なんでもない。ただの夢だよ」
古代は平静を装いながら寝室を出て、キッチンでひとり、水を飲み干した。